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オールドノリタケ

投稿日:2020年6月19日 更新日:

オールドノリタケ

オールドノリタケ(英語圏一般表記「EARLY NORITAKE」)は、1885年(明治18年)頃から第二次世界大戦前後頃まで、ノリタケカンパニーの前身である「森村組」と「日本陶器」で作られ、主にアメリカやイギリスへ輸出された装飾品(花瓶、壷、陶製人形、置物、陶製化粧セットなど)とテーブルウェア、ディナーウェア、ファンシーウェアの総称です。一部は日本国内でも販売されました。

オールドノリタケのファンシーウェアは元々、装飾品として作られたもので、花瓶、絵皿、陶製の人形や置物、化粧台セット、コーヒーセットやディナーセットがあります。
それらの製品や、オールドノリタケの中には100年以上前に作られ時が流れた作品も多く含まれます。

オールドノリタケの製品群は、工業的に優れた技術力と伝統的な感性が融合した芸術作品として高い評価を受け、現在では主に骨董愛好家によって「オールドノリタケ」と呼ばれています。

オールドノリタケの分類

オールドノリタケは大きく2つに分類されます。
【1】 1885年(明治18年)頃~1935年(昭和10年)頃までに、主にアメリカに輸出されたジャポニズムと言われる日本的なデザインの商品を含む、アールヌーボーを中心とした西洋画風の作品。
【2】 大正末期頃~昭和初期頃の短い間に流行したアールデコです。

【1】アールヌーボー様式

オールドノリタケの1910年代までの初期の作品の特徴は、当時流行したアールヌーボーの影響を強く受けています。手造り感のある風合いと花や樹木などの自然をモチーフにした淡いパステルカラーを基調としていました。主に花瓶やキャンディーボックスが作られていましたが、後にコーヒーポットなども生産されるようになりました。

1914年には日本最初のディナーセットを完成させました。当時の商品はアメリカやヨーロッパに輸出していましたが、徐々に欧米風の商品が宮内省や海軍省、一部のホテルやレストランにも販売されるようになりました。この頃の製品の多くは、当時最高クラスのグレードで、日本の花鳥画の技法を用いたデザインが欧米のデザインと融合した珍しいものでした。

【2】アールデコ様式

大正時代末期の1922年頃~昭和初期の1929年頃は、それまでのオールドノリタケのような高級な装飾品ではなく、機械によって大量生産が可能なファンシーウェアが生産されました。これらはオールドノリタケ愛好家の間でも大変貴重なアイテムとして強い人気を集めています。

オールドノリタケ人気の理由

近代陶芸の研究家であるニューヨーク大学美術部のジュディオス・シュワルツ博士によると、オールドノリタケがこれほどまでに愛されているのは、ノリタケの製品が工業的に優れた技術で製作され、装飾の複雑さと完成度の高さ、熟練した筆使い、鮮やかな色彩の配列などが他の美術品をはるかに凌駕しているからだと伝えています。

オールドノリタケの歴史

オールドノリタケと呼ばれる製品のルーツは、江戸幕府で両替の仕事を任された森村市左衛門が、福沢諭吉の教えから海外に流出した金を海外から輸出貿易によって取り戻そうと、弟の豊(とよ)をニューヨークに送り日之出商会(後のモリムラブラザース)を設立しアメリカとの貿易を始めたことから始まりました。

初期のオールドノリタケ

初期の輸出貿易は日本の骨董、印籠、屏風、漆器や陶磁器などでしたが、1882(明治15)年頃になると、陶磁器が注目されるようになりました。西洋の文化、デザインとは異なる「わびさび」のある徳利が、花瓶として使われているところを目にした森村兄弟は、陶磁器が有力な商品になると見込み、実際に瀬戸や美濃で作られた陶磁器が主力商品となりました。

1885(明治18)年頃、森村兄弟はそれら陶磁器を自分達も生産し、販売しようと考えました。
当初は瀬戸や名古屋、東京、京都などの職人たちと契約をし、瀬戸から各地に送った生地に絵付けをして輸出していました。極めて初期のオールドノリタケは、有田焼、九谷焼、清水焼などに見られる日本的デザインの物でした。文化の異なるアメリカで販路を拡大するには、欧米人が好むデザインを取り入れなければならないことが分かり、デザインの洋風化を勧めます。ところが、日本的な絵付けしかしたことのない職人たちには難しく、欧米人好みの陶磁器の制作には苦難が続きました。

欧米人好みの食器の開発

時間をかけて職人を説得し、欧米人好みのデザインの陶磁器をつくることに成功しました。そして生産の効率化を図るため、絵付け工場を名古屋に集約しました。
当時名古屋の工場で作られていたオールドノリタケは、花瓶、絵皿、人形、置物、化粧台などのファンシーウェアが中心でしたが、ニューヨークのモリムラブラザースでは今のファンシーウェアだけでは将来的には販売が先細りになると考えました。また瀬戸の生地は灰色がかっており、欧米人好みの真っ白ではなく、現地で不評であることから議論を深めました。その結果、純白の生地で生活に密着した食器を販売する必要があると判断し、さらに取引先の百貨店からも白い生地のディナーウェアを求められ、白い生地でなければ食器としては適当でないなどの意見を受け、純白生地の食器の開発に取り組むことが決定しました。

純白食器の開発

森村組は名古屋の絵付け工場内に試験窯を作り、開発と改良に取り組み、ドイツに技術者を派遣しましたが、5年を過ぎても納得できる白生地を作ることが出来ませんでした。白い生地の研究開発を進めている時、イギリスのローゼンフェルト社からオールドノリタケが得意とする技法である金盛を教えて欲しいと依頼されます。そして、モリムラブラザースは金盛の技法を指導し、同時に自分たちが抱える問題である白生地製造の問題を相談しました。

ローゼンフェルト社の厚意のおかげで、ドイツやオーストリアの試験場等で原料や釉薬の配合の指導を受けることができました。その甲斐があり、開発を始めてから10年が過ぎ、ようやく純白の生地の製造に成功しました。長年の夢であった真っ白な生地の生産を可能とし、それまで瀬戸から仕入れていた灰色がかった生地は、その時点で全て使用されなくなりました。

平らな食器の開発

しかし、次の課題にぶつかります。侘び寂びを大切にしてきた日本の技術ではヨーロッパで好まれる平らなディナー皿を作ることが出来ませんでした。技術者を再びヨーロッパに送りましたが、国内では生地の組成や成分、原料の配合、焼成の試験など、何年研究を続けても平らなディナー皿を完成させることが出来ません。

そんな時、技術者が見本である平らなディナー皿を割ってしまいました。その割れた部分を見ると、平らな皿を作るために生地を極めて均一に作ろうとしていたことが実は誤りだったことが分かりました。割れた部分を見ると、中心部が厚く作られていたことを発見します。これをヒントにさらに研究と試作を重ね、1913(大正2)年、ノリタケは念願のディナー皿の製造に成功し、翌年にはディナーセットが輸出できるようになりました。

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