陶磁器

白磁の魅力・歴史

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白磁と青白磁

「青磁」が中国・漢代から焼成される、上代の中国陶磁の代表とされるなら、「白磁」は中世中国の陶磁の代表と言えるでしょう。元代には、染付や瑠璃、釉裏紅が登場し、以後、これらの近世陶磁は景徳鎮窯で膨大に生産されます。青磁はその勢いに押され、輝かしい焼造の歴史を失なっていきますが、白磁は公用や儀式用の上手のものが生産され続け、息をつないできました。

白磁の登場

青磁 白磁が初めて焼かれたのは、北斉(時代:550~577年:六朝時代)の頃とされています。隋から初唐にこの頃特有の変化に富んだ多様な器が多く生産され、釉色も純白に近い白磁が製作できるようになっています。

中唐以降は万年壷に代表されるようなボリュームのある器が増え、主に邢州窯で生産されたと考えられており、邢州窯は、唐代青磁の越州窯と並び称された白磁の名窯とされています。(邢州窯の古跡はまだ発見されていません。)

宋代には、定窯の「白磁」、景徳鎮窯の「青白磁」が知られており、元以降は、白磁、青白磁ともに景徳鎮が産出の中心となりました。
朝鮮半島では李朝時代に堅く、緻密で艶やかな白磁が多数焼かれました。
日本における白磁の創始期(有田)は中国での染付最盛期にあたり、日本でもその後すぐに染付全盛となり、色絵も生産され始めました。そのため白磁のままの生産量はあまり多くありません。

白磁の胎土と釉薬

白磁は白色の胎土に透明または半透明の釉をかけ、高火度で焼いた磁器のことで、素地は白色です。また陶器質のものもあり、陶器の素地は陶土に鉄分などの不純物が少ない場合に白色になります。 白磁はこれらの上に透明度のある釉薬をかけ、素地の白さを出す陶磁のことです。

白い焼きものには有色の炻器(せっき)質の素地に白化粧土が塗られ、その上から灰釉がかけられたものや、志野焼のように白色不透明の釉薬が厚くかけられたものがありますが。これらは白磁とは呼ばれません。

白磁の焼成の歴史

中国での白磁焼成の歴史は長く、六朝時代から焼かれています。焼かれ始めた頃は原始的なものでしたが、宋代の景徳鎮窯から完全な磁器質の白磁が焼かれたと考えられています。それより前は、唐代の邢州窯産とされる名品も、北宋時代の有名な定窯のものも、磁器より軟質の陶器の白磁です。中には磁器に近い半磁器質の陶器もありますが、景徳鎮以後の磁器とは堅牢性に大きな違いがあります。

白磁の土

景徳鎮の素地である高嶺山から採取した「カオリン」(高嶺土)の主成分は、珪酸とアルミナで、これが高火度で焼かれるとガラス質になります。磁器が硬く、水も漏らさないのは、素地が完全にガラス質になっているからです。

日本での白磁の焼成は肥前有田の陶石、泉山石の発見から始まります。その後、天草島から産出される天草石の陶石が、有田そして各地の窯業地にも運ばれ、日本の主要な磁器原料となりました。

釉薬は素地の表面に薄くかけられたガラスのことです。釉薬の原料は、長石が基本となります。長石にはガラスの成分となる珪酸やアルカリ分が豊富に含まれ、岩石の中でも大変極めて火に融け易い性質を持っています。
志野釉のように長石だけで釉薬を作ることもできますが、長石をさらに融けやすくするために、石灰か木灰が混入されます。
東洋では古くから伝統的に、長石もしくは陶石と木灰がその成分である「灰釉」が使われています。

白磁の多様性

白磁の胎土と釉調は、時代や地方によって多様性があります。
隋代から初唐にかけては、原料の精製が不十分で、素地は灰白色や褐色、釉もほんのり黄濁しているか青緑色を帯びています。盛唐以降にはより純白なものが求められ、灰白色をした素地の上に白化粧土を施し、釉薬も半失透性のやや白濁したものが用いられます。

宋代は中国南北の差が最も顕著に現われました。北方は陶器に優れ、南方は磁器に優れる「北陶南磁」といわれ、白磁においては北に定窯、南に景徳鎮がありました。
北と南ではまた、焼ものの原料や燃料が随分異なっていました。北方諸窯では石炭を燃料に使い、釉薬の熔融剤にも石炭を用いていました。南方諸窯は燃料に薪を、釉は灰釉を使用しました。石炭は酸化炎焼成となり、薪は逆の還元炎焼成となるため、北方の白磁の釉調は淡いクリーム色を帯び、南方の白磁はわずかに青色を帯びています。

青白磁

景徳鎮では影青と呼ばれる青白磁が有名です。青白磁は白磁の一種で、釉薬に含まれる微量の鉄分が還元炎焼成されて水色に発色したものです。北宋時代の青白磁には清楚で気品を帯びた名器が多いですが、元代には中東や西欧向けの輸出品が増え、貼花文やビーズ玉で器面を飾ったものなどが登場しました。元末に入ると、原料は胎土、釉薬とも、急速に精製されるようになり、以後は純白の製品が生産されるようになりました。

器の種類と装飾文様

白磁は時代特有の器種があり、特に、隋代、唐代に独特のものが多数あります。
六朝時代の青磁には、天鶏壷(てんけいこ)という独特の形をしたものがありますが、隋から初唐の白磁にも、博山炉、鳳首水注、龍耳瓶という変化に富んだものがあります。他に盤口瓶、扁壷、唾壷、さらに、青磁にも多い四耳壷や浄瓶などがあります。

盛唐から晩唐にかけては、前代とは正反対に余計な飾りの類いは総て省略され、器形は極めてシンプルになりましたが、万年壷のように、丸味のある豊かな線の印象は、堂々としたものがあります。盤・大皿・水注なども生産されました。

盛唐からは、印花文や画花文などの装飾文様が流行し、宋代にはその技巧が洗練され、絶妙なものとなりました。また李朝(朝鮮)の白磁には、丸壷や面取りの壷、徳利、水滴、角瓶などでも独特の風格をもつ器種が多数生産されました。

原土探し

白磁には素地土の風合いがそのまま現われるため、その良し悪しは使う原土次第、原土の生かし方次第となります。
本家である中国、そして朝鮮や日本でも、白磁の歴史は良質な原土さがしから始まります。硬くて丈夫、美しく清浄な白い焼きものは、洋の東西を問わず、遥か昔から求められてましたが、中国、朝鮮、日本の三国では土に恵まれていました。

西欧ではこの土がなかったために焼成方が発達せず、数百年間も中国から、後に日本からも磁器を輸入していました。西欧で磁器といえるものが焼かれるのは、十八世紀のドイツ・マイセン窯からで、陶磁、磁器は大変な貴重品でした。そのためか、西欧の人々は日用の食器の類いでさえ大変な愛着をもち、とても大事に扱ってきました。

天然の良質な土の加工

昔は採取して砕いた原土を、風雨に晒して乾燥させ、打って叩いて、何度もふるいにかけていました。そして、水に漬けて水簸(すいひ)を重ね、磨り潰して何年も寝かします。こうして、鉄分や石英などの含有物を除き、きめを細かくして粒子を揃え、成形に必要な粘り気を出します。
これだけの手間をかけて、原土はようやく素地土となります。

完璧な胎土というものはありません。可塑性に富み、ロクロで引き上げるとよく延びて、細工の容易なものは、おおよそ火に弱く、窯の中で割れ易い性質があります。反対に、耐火度の高い硬質のものは、粘りがなく、ロクロが難しく、乾燥の段階でひび割れしてしまいます。こうした短所を補うために、他の地域の土を混ぜ合わせたりしますが、それはそれで、それぞれの長所が損なわれてしまいます。

そのため、名窯といわれたと唐の邢州窯にしろ、北宋の定窯にしろ、いずれも、一方的に土に頼らず、欠点や特性の考慮を、バランス良く生かすことによって、優れた独自の白磁を焼いてきました。

景徳鎮は耐火度が高く、可塑性に富んだ、他に類をみない優れた胎土によって、紙のような薄手の磁器を焼くことが可能です。朝鮮では独特の土味を生かして、中国とは違った李朝特有のやわらかい器形の白磁を造っていました。

あたたかい白を生み出すために

白磁は白い肌の色が生命であるため、現代の白磁づくりにおいても、作家はまず原土を探します。器の形も装飾も原料次第となり、土の性質を生かすために後から決められます。
現在では採掘された陶石は、バックミルという機械で粉砕されて柔らかい粉になり、鉄やマンガンなどの不純物は化学的に取り除かれます。釉薬の熔融剤も工場で粉末にされた石灰石を利用し、昔ながらの木灰は一般ではもう使われていません。
原料が画一化されており、一定の手順を踏めば誰が焼いても同じような、テカテカと光るだけの味気のない冷たい白磁が出来上がってしまいます。

そこで現在の作陶家は、この精製され過ぎた原料に、鉄分を含む粘土などの不純物をわざと混ぜるなどして、白のあたたかさを出そうとします。出来る限り白い原土を求めた昔とは逆に、新たな「あたたかさ」のある原土を求めて、作陶家は創意工夫しています。

人によって精製したものにはどうしても不純物が残ります。素地や原料に残った微量の不純物が白磁の肌に暖かみと潤いを与えていたことが分かります。
古い白磁には青や緑、黄がかったものがありますが、それらは全て、その時代の色とも言えます。技術が進んだ現代の方が、無機質の冷たい白しか生みだせません。精製され過ぎてしまうことによって失うものがあります。

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