お岩さん～百物語～口をぱっくりと開けた提灯の恐怖

歌舞伎の舞台演出から生まれた「提灯お岩」

四代目鶴屋南北の歌舞伎「東海道四谷怪談」は、日本の古典的な怪談として有名ではありますが、日本人でさえその詳細を語れる人は多くはありません。葛飾北斎のこの絵も歌舞伎特有の表現から着想を得て構成されています。

東海道四谷怪談

四谷左門には、お岩とお袖というふたりの娘がいました。お岩の夫・伊右衛門は御用金横領を知られたために義父である左門を殺しました。そして、お袖の夫・与茂七（よもしち）は横恋慕した薬売りの直助によって殺されてしまいました。
伊右衛門も直助も、自らが殺しておきながら仇討ちを誓って、伊右衛門はお岩と暮らし続け、直助はお袖と同居を始めます。

お岩と伊右衛門はしばらくは仲よく暮らしていましたが、伊右衛門は伊藤喜兵衛の孫娘を気に入り、伊藤喜兵衛も伊右衛門を孫娘の婿に迎えたいという思惑が一致し、事態は一変します。
喜兵衛はお岩に毒を盛り、毒の影響でお岩の容姿が崩れていくにつれ、伊右衛門の心はさらにお岩から離れていきました。

喜兵衛の企みを知ったお岩は、恨みと悲しみを抱いたまま死んでいきます。しかも、（伊右衛門の家系に代々伝わる妙薬を盗もうとしたために）伊右衛門が殺した男とともにお岩を戸板にくくりつけ、そのまま川に流してしまうのです。

歌舞伎の演出で使われる仕掛け・戸板返し

歌舞伎で有名な戸板返しのシーンでは、戸板の表裏にお岩と伊右衛門に殺された男の衣装をつけ、穴から役者が顔を出すことで一人二役を演じます。

幽霊・お岩さんが登場するのはこのシーンから。
喜兵衛の孫娘と伊右衛門の婚礼の晩、伊右衛門の前にお岩現れます。錯乱した彼は喜兵衛と孫娘を殺し、そのまま逃亡。お岩は伊右衛門の母親にも噛みついて殺してしまいます。

一方、袖と直助は…

袖は直助と暮らしていましたが一線を越えてはいませんでした。

お岩が殺された知らせを聞き、お岩の仇討ちに協力してもらうため直助と関係を持っているときに、なんと、殺されたはずの夫・与茂七が帰宅します。
殺された与七は実は人違いだったのです。

袖を殺害し直助が自害して果てたのち、与茂七もまた、ことの真相を知りました。

提灯の形状を活かしてお岩の怨念を象徴的に描写

「東海道四谷怪談」では、幽霊・お岩を演出するための仕掛けが江戸の庶民に大人気でした。北斎もそこから着想を得ましたが、作品は舞台の光景をそのまま再現したものではありません。

顔の形は提灯のフォルムをそのまま活かし、破れた部分を口に見立てています。また、眉間からこめかみにかけて蛇腹状のシワを残すことで、薬によって醜く変わり果てたお岩の姿を見事に表現しています。

さらに提灯とお岩の境界に生えた髪の毛は、よく見るとうっすらと背景が透けて見えています。怒りや恨み、そして悲しみをたたえた目の表情とも相まって、一目見ただけではそれが提灯であると認識するのが難しいようにも思えます。ところが全体像は提灯の原型をそのまま活かしています。その巧みな構成こそがこの絵を印象深いものにしています。

四谷怪談を落語にした人は？

四谷怪談は三遊亭圓朝さんが落語にされています。落語ではあるものの、オチで笑えるような内容ではなく、講談に近い怪談噺になっています。圓朝版では、伊右衛門はアルコール依存症という設定になっていたり、彼が見た幽霊は幻覚という解釈が加わっているなど、多少のアレンジが入っています。